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モルドバ産のディヴィン「ブランデー」/ Moldavian Divin「Brandy」

更新日:2021年11月19日



モルドバのブランデー作りは19世紀にアルコール含有量の少ないワインを強化する目的で二重蒸留釜でワインを蒸留したのが始まりと言われています。その後、1896年にカララシでグルジア人の科学者で起業家のダヴィッド・サラジシヴィリ氏が蒸留会社を設立して、1898年焼き粘土窯に5つの蒸留装置でワインを18%~25%に強化して、3000バケツ以上をトビリシへ輸出しました。これが今日のCalarasi Divinです。


また1897年にチラスポリに処理倉庫が建設され、そこで農民がワインから葡萄のヴォッカの生産が始まり、1938年になってワインスピリッツの生産に着手しました。今日のKVINTです。


ヨーロッパでは13世紀にスペイン人のアルノード・ビルヌーブがワインを蒸留して、ワインスピリッツ(ブランデーの始まり)を始めて作りました。その後、命の水と呼ばれ、ヨーロッパ各地に広がり、15世紀にフランスのアルメニア地方でワインスピリッツ作りが始まりました。


16~17世紀にヨーロッパは寒波に襲われ、ワインの品質が落ちました。オランダ人が輸入していたフランスのコニャック地方のワインも長い輸送に耐え切れず酸っぱくなってしまった為ワインを蒸留して、輸送することになりましたが、これが意外にも美味しいと評判になり、ブンラデー作りが本格化しました。


オランダ語「ブランダ・ウェイン」が英語の「ブランデー・ワイン」となり、現在ではブランデーが世界の共通語になっています。

モルドバでは1898年キシナウで「貿易産業パートナーシップ」のシュストフは家族で経営する会社を立ち上げ、フランスのコニャック市の「メルセテ」システムの蒸留装置を購入して、彼の息子のニコライはコニャック地方のワイナリーでブランデー作りの製法を取得しました。これにより1900年にフランスよりシュストフのワイナリーで作られる製品にコニャックと呼ぶ権利を与えられました。

その後、モルドバの国内では中小のコニャックを作る工場が多く出来て、呼び名も「コニャック」が通常の呼び名になりました。しかし、フランスでは1909年以降は名称の使用が法律で厳しく制限されて、モルドバでも与えられた権利を放棄1993年にコニャックの名称を「ディヴィン」と改名しました。



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